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SEUN KUTI & EGYPT 80

08 / 1
at 9:06 pm

 まずはブライアン・イーノ氏のあの名言を引用するところからはじめよう。
「70年代には3つの偉大なビートがあった。フェラ・クティのアフロビート、 ジェイムズ・ブラウンのファンク、そしてクラウス・ディンガーのノイビートだ」

 というわけで氏がいうところの3大グレイトフルビートのひとつ、アフロビートが久々に苗場に帰ってくる。とはいっても、前回も今回も演奏する(した)のは創始者のフェラ・クティではなく、伝統を受け継いだその息子たちである。99年時はフェミ・クティ、そして2009年の今年は異母兄弟にあたるショーン・クティ。スカパラのレポートの時も書いたが、どうも今年は99年の感覚を彷彿とさせる。周期がひとまわりした感がある。

 ここにちょっとおもしろいインタビューがある。かつて当サイトが元ブルーハーツ/スリーピースの梶原氏に訊いたものだが、彼は99年のベストアクトにフェミの演奏を挙げている。それだけでなく、あまりにもプリミティブすぎるフェラの音楽性よりも、現代音楽とうまく融合したフェミのほうが好みであるとも語っている。さて、それでは今回ショーンのステージは、どっちの方向性に近いものだったのだろうか?

 自分は残念ながら99年当時はフェミのステージを見ていないので単純比較はできない。だが、梶原氏がいうところのコンテンポラリーなバランス感覚的なものは、ショーンの場合も再現されていたように思う。ショウの途中から登場したショーンは、体全体をくねらせる独特のダンスで土着感を再現するのだが、全体的にはエンターテイメントに跳んで飽きさせないステージ。マイルス・デイビスを思わせるトランペッターが登場してフロントで吹いたり、ベースドラムの圧倒的なソロ演奏があったり、女性コーラス隊はなにげに息の合った振付を披露していたり。でも、やっぱり何より、アフロビートというものを体験できるということ自体に、すべては尽きると思うのだ。

 どういえばいいのだろう? 体中のゆすることのできる部分はすべてゆさぶってくる、そういう種類のリズムだと思う。あらゆるパターンの中からある瞬間とつぜん直観的に見つけ出されたそのビートは、結果としてベストパターンとなり、それ以上何をどう吟味してももう超えるものは見つからない、イーノに限らず作曲家たちに思わずそう確信させるような音だ。グリーン・ステージが横に揺れる。恍惚感をふと覚える。人と音楽というものの原始的・遺伝子的なつながりすらも感じさせてくれるような、貴重な体験のチャンスがそこにはあった。

reported by org-joe

 

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1 Response to SEUN KUTI & EGYPT 80

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AleneOWigton

11月 15th, 2016 at 11:50 AM

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